長瀬産業の社内eスポーツ大会はなぜ成功したのか―「徹底した社内広報」の重要さを訊く
長瀬産業としては異例と言ってもいい「eスポーツ大会」の実施。この実現と成功には、同社広報の尽力がありました。
2022年9月。複合商社・長瀬産業が、同社の国内外のNAGASEグループ全従業員を対象とした社内eスポーツ大会を実施しました。同じく商社である「双日」のe-Sports関連事業を行う「GRITz」のサポートのもと行われたこの大会には、同年7月から行われていた予選を勝ち抜いた24名の社員およびその家族が選手として参加。選手たちは日本・北米・中国・東南アジアの四地域から参加しており、大会当日は日・英・中の同時配信も行われ、国や組織、役職を超えた交流が実現しました。
長瀬産業としては異例と言ってもいい「eスポーツ大会」の実施。この実現と成功には、同社広報の尽力がありました。今回このeスポーツ大会を企画から手掛けてきた長瀬産業ブランディング室兼広報室の久保千夏氏にインタビューを実施。「なぜ、長瀬産業がeスポーツを?」という経緯の部分から、実際の反響までを伺いました。
――久保さんの経歴を教えていただけますか。
久保: 長瀬産業のブランディング室兼広報室ということで、メインの仕事としては広報全般です。広告であったり、メディア対応などですね。また、社内広報関連も担当していて、社員コミュニケーションの活性化や、弊社の企業理念を社員に浸透させることも業務の一つとして行っています。
――長瀬産業に入る前から広報のお仕事をされていたのでしょうか。
久保: 元々は広報業界の制作会社で仕事していました。企業の広報から依頼を受けて社内報を作るのですが、そのライティングや企画をしていました。そこから、対クライアントではなく、一つの企業の社員として自社のコミュニケーションや広報を改革していきたいと思いまして、ご縁があり長瀬産業に入社しました。長瀬産業に入社して2年ほど経ちますね。
――なぜ長瀬産業を選んだのでしょうか。
久保: よく聞かれます(笑)。元々、長瀬産業という会社を知らなかったのですが、転職活動中に調べていく内に190年以上に渡って私達の生活を化学という側面から支えている大きな会社であることを知ったんです。でも、長瀬産業に広報組織ができたのが2020年頃です。ビジネスとしては盤石な事業基盤があるにも関わらず、広報という側面ではかなり若く、まだまだ面白いことをする余地があるというのが決め手になりました。あとは「人」ですね。長瀬産業の人は魅力的な方が多いです。何社か面接を受けた中で、圧倒的に会話が面白く、楽しく働けそうというのがとてもイメージできました。
――実際、入ってみてそのイメージは正しかったですか?
久保: 間違っていませんでした。本当にみなさんコミュニケーション能力に長けていて、色々なタイプの人に視線を合わせて楽しい雰囲気を作れる方が多いんです。
――事業内容・新設された広報・人柄、この3つに惹かれて長瀬産業へ入られたんですね。この長瀬産業ですが、会社としてはどのような事業を行っているのでしょう。
久保: 化学品や合成樹脂、電子材料などを輸出入し国内販売している商社になります。創業は1832年で、今年(2023年)で創業191年です。本社は東京・大阪にありまして、名古屋に支店があります。従業員は7000人以上、様々なグループ企業がありまして、世界32カ国に114社あります。長瀬産業自体は商社ですが、半分ほどが製造業というのが一つ特徴ですね。
2000年代からは製造・加工・商社機能と様々なものを駆使し、化学品だけではなく新しい素材や分野にも領域を広げています。バイオ製素材や食品素材、さらにITやDXを使った素材探索など幅広く手掛けています。見えないところで世界に貢献させていただいております。
長瀬産業は化学系専門商社とよく言われるのですが、製造・加工機能、研究開発機能、190年間培ってきた取引先とのネットワークなど、様々なノウハウがあります。そういった情報や技術をビジネスに変えていけるのが強みです。我々はそれを、ビジネスの種を見つけ、育み広げる「ビジネスデザイナー」と謳っており、そうありたいと考えています。
――いつの時代も商社不要論というのが囁かれていますが、一方で長瀬産業は常に変革を起こしていますね。特に研究開発は商社が手を出しづらい領域だと思います。「ビジネスの種を見つけ、育み広げる」というのはとても特徴的ですね。
久保: 課題を特定して社内と社外で、情報を収集し新しい価値を生み出してビジネスにしていくのは得意としています。
――ありがとうございます。僕らが気づかないところで、長瀬産業が関わっているプロダクトがいろいろあるってことですね。その中で、なぜeスポーツ大会をやることになったのでしょう。
久保: 元々190周年でイベントをしようということだったのですが、正直、190年で節目という感じもあまりなかったんです。実際、事業計画でも2032年の200周年に向けて動いている部分があったので、190周年の時点では誰も何も考えていなかったんです。
とはいえ、見方を変えれば200周年まであと10年、ある意味で節目の年でもあるのでなにか記念品でも作ろうかという感じにはなりました。でも、その時もeスポーツをやることは全く考えていませんでした。
そんな中で、当時の上司から「eスポーツ、やってみたら」と言われまして。こういった企画事って、考えているときは楽しいのですが、盛り上げるためのプランを実施するのがとても大変ですよね。でも、上司曰く気軽にできるという話で、かつ主に社内向けにアットホームでカジュアルな(海外グループ企業も含めた)全員参加イベントを予定していたので、eスポーツやゲームは意外と理にかなっているかもしれないと始めました。
――実際は全く気軽じゃなかったと。
久保: 我々は素人なので、プロの方に任せればいい、広報としての仕事はそこまで多くないと思っていたのですが(笑)。我々も企画していくに当たってのめり込んでしまって。広報組織の中には私含めてあまりゲームをやってる方もおらず、前提知識がまったくないんです。社内イベントとしての大会で何をやるか、eスポーツって銃を撃ち合うゲームというようなイメージもありましたので、まずはゲーム選定の部分からかなり迷いました。
――ゲームは『アクションレースゲーム』に決められたんですよね。
久保: はい。私達が巻き込みたい人たちは、日本の社員だけではなく、世界のグループ企業も含めた全社員でしたので、世界でも認知度が高くて手軽に出来るゲームを選定しました。また、190周年を200周年に向けた通過点にするという機運を高めていくイベントでしたので、全員参加のeスポーツ大会でワクワクしながら、『アクションレースゲーム』のようにアクセル踏んで行こう、加速していこうというメッセージもありました。
――『アクションレースゲーム』以外にも候補はあったんですか?
久保: 例えば『MOBA』、『音楽ゲーム』や『レースゲーム』など、様々なジャンルのゲームを調べていきました。本当にゲーム素人でしたので、まずはゲームについて知るところから始まりました。また、eスポーツの今のレベルの高さや多彩さはかなり勉強になりましたね。
今回は日本だけではなく、グローバルで全員参加を掲げたのですが、実際にエントリーを募った際には、従業員のパートナーや、お子さんだったりとか、想定よりも幅広い方々が参加してくれました。
昔であれば家族で参加する社内運動会や社内旅行などの場はありましたが、コロナ禍でそれも減り、社会の流れとしても今それをやっても参加しない方も増えてきています。そういった場作りに際して、グローバルで誰もが知っていてプレイした方も多いゲームを選定したのは間違いなかったなと思っています。
――タイトル選定を行い、企画から実施まではどの程度期間がかかったのでしょう。
久保: おおよそ4ヶ月ですね。4月に実施を決定し、5・6月には仕様を詳細に決めていきました。7月には社内告知や予選大会を行い、8月には中間報告で9月に決勝大会という形です。
――9月の決勝がメインですが、大会としては7月の予選も含めて2ヶ月ほど行われていたんですね。
久保: そうですね。工程表というのを作っていまして、予選は7月25日から開始。その前に通信トラブルへの対応や応募人数、参加条件など細かな仕様をすべて洗い出しています。今回の企画を検討始めた当初は、eスポーツ大会の実施をプロにお願い―今回はGRITzさんですね―したら、機材を全部貸していただける、海外へも配っていただけると思っていたんです。本当にそのレベルの理解度でした。
なので、そういった機材関連の条件なども含めて各国の細かな仕様をすべて洗い出すのはとても大変でした。当時の上司から言われた「eスポーツは気軽に出来るよ」なんてことはなく(笑)。eスポーツとはどういったもので、GRITzさんにお任せする部分以外で、私達長瀬産業の広報が何をやらなければならないのかを「知る作業」から始まり、社内向けの調整準備も多くおこないました。
――グローバルで7000人以上の社員を擁する大企業ですと、そういった条件の洗い出しは大変そうです。
久保: 各国でゲーム機とゲームソフトの両方を持っている人というのが当然ベストなのですが、もちろんゲーム機はあるけどソフトがない人もいます。ゲームの買い方は国によって仕様が違う部分がありますし、海外との賃金格差という問題がありました。
――なるほど、賃金格差。
久保: 例えば日本で一般的に買える金額のゲームでも、ある国ではそれがとても大きな買い物になってしまい、イベントに参加するハードルが高くなってしまう、などですね。
――確かにそれはグローバル企業ならではの問題点ですね。盛り上げの部分はいかがでしたか?特にeスポーツはキャッチーな分、とりあえず人が集まると思われている節があるのですが、実際はただやるだけではそうでもないと思います。
久保: 社内向けの盛り上げ施策はかなり重要視して取り組みました。「告知」と「盛り上げ」で、どちらも情報発信なのですが、「告知」は必要最低限のもの、エントリーの開始や出場者の決定に関する情報ですね。「盛り上げ」は、eスポーツの楽しさを伝えるものです。例えば、匿名で参加者からのコメントを貰って社内のイントラで紹介するなど。グループ会社や部署の名前を記載していたので、「あの部署からも社員が参加している」「意外な社員が出ている」というのがわかるんです。あとは経営陣がプレイしている動画や、参加者のタイム記録なども定期的に発信し、様々な切り口で情報発信に努めました。
また、海外社員が置いてけぼりにならないように、外国籍社員バージョンのPR動画も作っていましたね。
――経営陣がプレイしているのを見ると、社員としても興味が湧きますよね。
久保: 普段はeスポーツやコミカルなPR動画に出演しなさそうな方をインフルエンサーとして起用すると、「えっ、あの人がこんな面白いことをしている!?」と社内がざわついたり。eスポーツの面白さと大会の斬新さを伝えることで、社内でお祭りの機運を醸成していきました。他には社内のデジタルサイネージに告知を流したり、オンライン会議のオリジナル背景画像を作って会議中のアイスブレイクに使ったりと、地道な社内広報も進めました。
――こういう社内での広報活動というのは、これからeスポーツで事業を行う、もしくは社内コミュニケーションとして取り入れようと考えている方にとってはとても重要なことだと思います。その広報活動の結果、今回の大会の反響はいかがでしたか?
久保: まず社員7000人に対して200人ほどからエントリーがありました。数としては少なく見えるのですが、それ以上に社内eスポーツ大会を行うということがかなり認知されていて、盛り上げ施策の段階から皆さんに楽しんでいただけたようです。
「会社が出してる動画の中でも過去一番で面白かった」と言っていただいたり、社内でeスポーツの話をすることがかなり増えたりしましたね。大会に参加してない人でも話題にしていたそうです。
――社外での会議でも話題にできそうですね。
久保: 取引先との会話でも話題に挙げていただいたこともあるそうです。
190年も長く続く会社が、今後の10年、100年の持続的な成長を目指して多くの新しいことにチャレンジしている。その一つとして、このeスポーツ大会を通じて会社が変わってきている・変わろうとしているというメッセージを、若い広報組織から発信できたというのは、とても良かったと思います。
――新しいことにチャレンジしているというメッセージを打てたと。かなりいいことですね。逆にここは反省点だなというポイントはありましたか?
久保: 様々な告知や盛り上げの発信はできたのですが、この大会を通じたコアメッセージを、もう少しクリアにできればよかったと思っています。
今回はそもそも「eスポーツをする」ということ自体にインパクトがあったのですが、それ以外で伝えたい大会メッセージをクリエイティブや大会運営に落とし込んだほうが、参加者にとってもただ楽しいゲームイベントに参加するだけではなく、何かメッセージを受け取ってくれる機会になったのではと感じました。
また、社内告知はもっと大々的にした方がいいですね。まだまだ足りないぐらいです。もっともっと世界の人を巻き込みたかったので。
――eスポーツやゲームを利用する目的を定めて、それを社内外にしっかりと伝えていくというのは大事なことだと思います。ただ流行っているから・キャッチーだから。上から言われたからでやっても成功しない。また上がなにかやってるなで終わってしまう。
久保: そうですね。一部の社員が「蚊帳の外」という状況はなるべく避けたい。社内イベントとしてやるのであれば、「皆が楽しめる」というところは大切にした方がいいのではないかなと思います。
――大会実施を通じて、eスポーツに可能性を感じることはありましたか?
久保: 今の時代に合ったすごく有効なツールだと思います。オンラインで世界の人と同時に繋がることができて、家族も巻き込めて、というのは社内イベントとしてかなりフィットしています。
準備も大変ですが、成功すればインパクトがかなり大きい。社内コミュニケーションの手法として流行ってほしいですね。ゲームという普段の仕事とはかけ離れた遊びだからこそ、組織も国も役職も超えてみんながオープンに楽しめる。そのため当社でも、真面目になりすぎないように、と意識しました。
――大会にプロの実況を入れたのも良かったと思います。プロに実況されることなんて滅多にないので。それだけでもテンション上がりますし、絶対に記憶に残ります。
久保: 当日はかなり盛り上がっていました。子どもがいる家庭は必ずゲーム機があるので意外とゲームに触れている社員も多く、社内のゲーム人口も意外と多いのだなという気付きもありました。
――またチャンスがあれば、やってみたいですか?
久保: やりたいですね。いつ実施するかはまだ決めてはないですが、参加者からも第2回を望む声もいただきました。また今回のeスポーツ大会の副産物として、社内にeスポーツ部ができたり、採用説明会で学生向けに話題にしていただいたり、普段接点のない社員同士が交流を持つなど、大なり小なりですが、コミュニケーションのきっかけを生むことができました。また機会があればパワーアップした形で開催したいですね。
――今回の社内eスポーツ大会、ひとつの成功例としてこれから参入を考えている方や、社内コミュニケーションに利用している方の参考になればと思います。本日はありがとうございました。
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